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タンネンベルクの戦いあるいはグルンヴァルトの戦いは、1410年7月15日、ポーランド王国・リトアニア大公国連合軍とドイツ騎士団の間で戦われた戦闘である。現在のポーランドのヴァルミア・マズールィ県にある、グルンヴァルト村・ステンバルク(タンネンベルク)村と村の間にある平原で戦われた。この戦いで勝利をおさめたポーランド・リトアニアはさらに勢力を拡大、ヨーロッパで最大の版図をもつ強国として最盛期を迎えることになる。 == 名称 == 各国では以下のように呼ばれる。 * ポーランドでは「グルンヴァルトの戦い」() * ベラルーシでは「グルンヴァリトの戦い」() * タタール語では「グリュンワルドの戦い」() * リトアニアでは「ジャルギリスの戦い」() * ドイツでは「タンネンベルクの戦い」〔なお、第一次世界大戦中の1914年に起こったドイツとロシアの会戦も「タンネンベルクの戦い」と呼ばれている。これはタンネンベルク村の付近でドイツ軍が大勝利を収め、かつてのタンネンベルクの戦いでの雪辱を果たしたとして同一の名前で呼んだものである(タンネンベルクの戦い (1914年)参照)。〕()。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「タンネンベルクの戦い (1410年)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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